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Consideration of an office worker living in Tokyo

真田丸展 | 江戸東京博物館

展覧会

大河ドラマでご存知の真田丸の展示会を見に行ってきた。最後の週末のためか、まあまあの人出。なので、ゆっくり堪能とはいかないが、時々間近で観ることは出来た。

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まあ、先月の若冲展のことを思えば、待ちなしでインできるだけで御の字だ。

 

真田と言えば、弱小勢力でありながら、家康をギリギリのところまで追い詰めた武将として人気だし、家族で豊臣と家康に分かれて戦ったのも物語として面白い。しかしその辺りは展示会からはピンとこない。なにかが、すこし違ったのだ。

 

まず、一見してわかるのは、展示の中に占める文書量の多さだ。やけに多い。小説、ドラマ、映画と様々な物が製作されるが、考証が進むので大きくブレない。このような、文書が増えたのはいつ頃からなのだろう。と、考えてしまうのだ。元々朝廷政治の時代から、事務方はいたはずなのだが、組織的に充実し始めたのはいつ頃からなのか。

 

古墳時代3世紀後半〜、ちょっと違う。次の飛鳥時代6世紀末〜、これは朝廷政治っぽい。その次は奈良時代。710年に元明天皇平城京(奈良)に遷都するあたりで、日本書記が720年だからかなりいい線だ。通貨もこの辺りからなので、やはり説得力ある。政治っぽくなるのはやはり大化の改新645年あたりからだ、ここで初めて大臣が置かれる。

日本の政治の始まりに対し、ローマのスタートが27BC辺りから。西ローマ滅亡が476年。東ローマ滅亡が553年。その次のペルシャが642年に滅んでいる。ざっと600年の差かー。中国大陸ではAD8年が後漢。ローマのスタートと漢の時代が同じ時期だ。中国もローマも紀元前に戦国時代があり、紀元スタートあたりにまとまった国になっている。その頃の日本はまだ弥生時代だ。

 話を戻すと、大化の改新645年〜飛鳥時代あたりにいわゆる事務方が出始めているのではないかと推測するのだ。そして奈良・平安時代である程度形になっている可能性が高い。その辺りに大きな寺院も作られていることから、一気に資料が増えてくる。ということは鎌倉・1192年あたりでは事務作業もかなりこなれている感じが想像出来る。

 ここでやっと幸村の時代・1600年代に戻ると、展示ではお手紙の応酬が繰り広げられている。それは家康が手紙魔だったことも理由なのかもしれない。いわゆる「いくさ」よりも、お手紙で戦争していたのだ。そして家康が1603年、戦争の時代に終止符を打った。

そういった時代にあって、弱小大名でありながら上手く立ち回って、戦いでも活躍した真田幸村の物語は格好の娯楽になったことは疑いにかたくない。

 

江戸東京博物館は、見終わってからも常設展で日本の歴史を振り返ることができる。篤姫展2008年以来、8年ぶりの江戸東だったのだが、マイナーチェンジもあり、とても楽しめた。

 

展覧会は6月19日までなので、まだ見ることができます。